

ー 塚田先生には、前回江崎先生がお話してくれたワット・ビット・シェルのお話に加えて、分散型のデータセンターのお話もありましたが、分散化していくデータセンター、分散型社会のインフラとして、どんなものが必要になってくるかということについて、お聞かせいただければというふうに思います。
なぜ今、日本に「小型分散データセンター」が必要なのか?
皆さんもご存じのとおり、最近の生成AI、GPT やGemini、Claude といったものが、仕事のやり方や働き方をどんどん変え始めています。それを支えているのが巨大なデータセンターで、いまはアメリカ主導で超大型・集約型のモデルがどんどんつくられています。
ただ、その結果として「水が足りない」「電気が足りない」という問題が現実に起きています。アメリカでは、データセンターの隣に原発をつくればいいのではないか、といった議論まで出ています。一方で、水資源への影響や環境負荷の問題も指摘されていて、本来水が必要な地域に十分回らなくなるのではないか、といった懸念もあります。
このモデルをそのまま日本に持ってくるのは、やはり簡単ではありません。原発の再稼働には高いハードルがありますし、合意形成も容易ではない。さらに日本は地震が多い国ですから、巨大なデータセンターにリスクを集中させるのは非常に怖い話です。水害や台風のリスクもあります。
だからこそ、日本には日本に合ったやり方が必要だと思っています。巨大集中型ではなく、小型分散型のデータセンターをネットワークでつなぎ、全体として強靭性を確保する。そういうモデルのほうが、日本の地理条件や社会環境には合っているのではないかと考えています。
エネルギーの「地産地消」とグリッド負荷の軽減
再生可能エネルギーというのは、風が吹いているか、太陽が出ているかといった気象条件に大きく左右されます。
そして実際には、広大な土地があって再生可能エネルギーをつくりやすい場所と、コンピューティングパワーを本当に使いたい場所との間に、いまミスマッチが起きています。
だからこそ、そのエネルギーがある場所に、小型分散型で最適にコンピューティングパワーを配置できるような、そういう社会の仕組みが必要になってきます。
エネルギーは運ぶこと自体に最もコストがかかります。もし地産地消ができれば、送電網、つまりグリッドへの負荷を下げることができますし、需給バランスの最適化にもつながります。
その意味で、小型分散型のデータセンターを再生可能エネルギーと組み合わせて配置していく、そうした取り組みがこれからますます重要になってくると考えています。
物理世界の複雑さを吸収する「OS」
これから小型分散型で、しかも相互に協調するデータセンターが出てくると仮定すると、その管理は従来のやり方ではかなり難しくなると考えています。そこで必要になるのが、私たちが開発を進めている「みちびきDCOS」です。「DCOS とは何ですか」とよく聞かれるのですが、その前に、そもそもオペレーティングシステム(OS)とは何か、というところからお話ししたいと思います。皆さまも知っているWindows やMac OS 、iOS、Android とか、これらを指してOS と言います。
では、OS は何をしているのか。コンピューターの下には、メモリーやハードディスク、マウス、キーボードなど、さまざまなデバイスが接続されています。本来は非常に複雑な構造になっているのですが、OS はその複雑さを隠し、「これは入力装置です」「これは保存装置です」「ここにファイルがあります」
といった形で抽象化し、ユーザーに分かりやすく見せています。つまり、多種多様なハードウェアを統合し、扱いやすいレイヤーとして提供するのがOS の役割です。
「みちびきDCOS」も同じ考え方です。日本の環境条件に適合した物理インフラは、多種多様な形をとります。たとえば高架下に設置するケースもあれば、田んぼの近くに置く場合もある。水力を活用するために山間部に設置することも考えられます。立地も電力条件も気候も、それぞれ異なります。
そうした複雑でばらばらな物理環境を、そのままユーザーに見せるのではなく、抽象化し、統合し、AIサービスとして一貫した形で提供する。その抽象レイヤーこそが、みちびきデータセンターにおけるDCOS だと私たちは考えています。

監視から自律運用へ
進化するデータセンターに
Software-Defined:運用を「物理」から「ソフト」へ
近い概念として「データセンターOS」という考え方があります。これは、複雑な条件を抽象化して扱うというものですが、そこからさらに進化した発想として「ソフトウェアデファインド」という考え方があります。
ソフトウェアデファインドネットワークやソフトウェアデファインドビークルといった言葉を耳にされたことがあると思いますが、基本的な考え方は同じです。ハードウェアとソフトウェアを分離し、物理設備をいったん抽象化したうえで、ソフトウェアによって管理・制御していくという手法です。
たとえばソフトウェアデファインドビークルの場合、車という機械の塊そのものは存在していますが、その制御や機能拡張をソフトウェアで行うようになります。そうすることで、OTA(Over The Air )によるソフトウェアアップデートで機能を追加・改善できるようになります。つまり、ハードはそのままでも、ソフトの更新によって進化し続ける車が実現しているわけです。
これをDCOS に当てはめると、データセンターというのはそもそも物理的な設備です。その物理的な設備を統一のAPI を通じてサービス化していく、サービスとして抽象化する。それによって、さまざまな条件下で作られたDC の複雑な仕組みが統一したサービスとしてユーザーに提供でき、AI にも提供できる。そういう抽象化レイヤーとソフトウェア更新によってさまざまな機能が拡張されていく、そういった未来を考えているわけです。
学習はクラウドで、推論はエッジで
中央集権型のデータセンターと分散型のデータセンターの違いについて、少し考えてみたいと思います。
まず、データセンターで行っている処理には大きく分けて「学習」と「推論(インファレンス)」があります。学習というのは、大量のデータを集めて、大量に計算し、モデルをつくり上げていくプロセスです。これは計算資源を集中的に使いますので、中央集権型の巨大データセンターが非常に向いています。電力も設備も集約し、一気に処理するほうが効率的だからです。
一方で、その学習結果を使って、いま目の前で起きている状況を判断したり、物体を認識したりする処理が「推論(インファレンス)」です。この推論のほうは、リアルタイム性が強く求められるケースが多くなります。
たとえば自律型の介護ロボットを考えてみます。学習済みのモデルを使って、目の前の状況を瞬時に判断しなければなりません。しかしロボットはバッテリーで動いています。本来そのバッテリーは、移動や介助といった本来の仕事に使いたいものです。推論処理のために電力を大量に消費してしまうのは望ましくありません。
そうなると、推論の処理をロボット本体ではなく、近くのデータセンターで肩代わりするという発想が出てきます。もし病院の近くに「みちびきDCOS」を搭載したデータセンターがあれば、ロボットの「頭脳」はそちらに置いておく、という構成も可能になります。
近くにデータセンターがあるということは、バッテリー制約の面でも有利ですし、ネットワーク遅延の面でも大きなメリットがあります。遠くのクラウドまで毎回問い合わせるとなると、どうしても遅延が発生します。リアルタイム性が求められる用途では、その遅延は無視できません。
その点、物理的に近い分散型データセンターであれば、遅延を最小限に抑えながら、高度な推論処理を実行できます。
「機械の運転」が求める分散コンピューティング
もう一つ重要なポイントがあります。それは、AI 産業とデータセンター産業、この二つの業界に同時に起こっている変化です。
まず一つ目ですが、いま皆さまが大きな注目を寄せているAI は、実は世界に存在するデータのうち、およそ10%程度しか活用できていないと言われています。皆さまの会社や工場、あるいは個人のノートパソコンの中には、インターネット上には出したくない、あるいは出せないデータが大量に存在しています。つまり、約90%のデータはまだAI に活用されていないのです。
言い換えれば、この90%のデータに対する新たな市場がこれから生まれる可能性があるということです。これは日本政府の公表資料にも示されていますし、さまざまな分析でも指摘されています。現在のAI 市場は、いわば全体の10%の領域に過ぎません。今後90%のデータが活用対象になれば、市場規模はさらに拡大していくことになります。そう考えますと、データセンター市場は依然として大きな成長余地を持つ分野であると言えます。
もう一つの事実として、集中と分散のサイクルがあります。インターネットやデジタル技術の歴史を振り返りますと、集中と分散は一度きりではなく、少なくとも五回程度は行き来してきました。現在、皆さまが目にされているビッグテック主導の超大型データセンターは、いわば集中型のフェーズにあります。しかし、歴史的に見れば、この流れはやがて分散型へと振れる可能性があります。
これまでの変遷を見ますと、集中と分散が交互に進むたびに、市場規模は拡大し、システムの複雑性も増してきました。現在、ラージランゲージモデル(LLM)に代表されるAI 市場は、明らかに集中型から分散型へと舵を切りつつあると私たちは見ています。そのような環境においては、小規模で機動的に動けるシステム、そして高いモジュラリティを備えた構造が非常に適合します。私たちは、モジュール型のデータセンターこそが、この新しい潮流に合致していると分析しています。
ハードを変えず
ソフト更新で進化し続けるインフラへ

監視から「自律運用」へ:DCIM レベル5の世界
DCIM、つまりデータセンター・インフォメーション・マネジメントという考え方があります。データ
センターをどう管理していくか、その成熟度を段階的に考えるものです。まずは「可視化」です。電力や温度、湿度、ラックごとの負荷などをきちんと見えるようにする。次に、そのデータを「分析」します。そして分析結果をもとに「管理」し、「最適化」していく。ここまでは比較的イメージしやすいと思います。
その先にあるのが「自律運用」です。できるだけ人が常駐しなくても回る仕組みにしていく。ここまで来ると、かなり高度なチューニングが可能になります。たとえば目標とするPUE(データセンターの電力効率を示す指標、Power Usage Effectiveness)に向けて自動で調整するとか、負荷に応じて冷却や電力配分をリアルタイムで最適化するといったことです。
さらに進めば「予知保全」も見えてきます。データセンターが壊れるときには、実は小さな兆候があります。たとえば、あるファンがいつもより少し高い音を出している、といったようなことです。熟練した技術者であれば「ちょっとおかしいな」と気づくような変化を、センサーとデータ分析で検知して、トラブルになる前に対処する。場合によっては自動で切り替えたり、負荷を逃がしたりといった動きも考えられます。
小型分散型のデータセンターを数多く展開するとなると、すべてに人を配置するのは現実的ではありません。だからこそ、自動化や自律運用が重要になってきます。DCOS と組み合わせて、分散していても一体として管理できる仕組みをつくる。そこが、小型分散型データセンター運用の肝になってくると思っています。
無人運用を支えるセキュリテイと耐障害性
無人運用という話をすると、必ず「セキュリティは大丈夫なのか」という質問が出てきますので、そこはあらかじめお答えしておきたいと思います。私たちが前提にしているのは、ゼロトラスト・アーキテクチャーです。つまり、「そもそも誰も信用しない」というところからスタートします。内部だから安全、ネットワークの内側だから安全、といった発想は取りません。信用がない世界を前提にして、その上でどう守るかを設計する、という考え方です。
サイバーセキュリティだけでなく、物理セキュリティについても自動化を前提にしています。センサーやカメラを活用して、無人でも監視・検知ができる仕組みにする。人が常駐しなくても異常を検出できる体制を整えます。
また、「分散していると脆弱なのではないか」という見方もあります。確かに拠点が多いという意味では管理対象は増えます。ただ逆に、守るべき巨大な一点があって、そこが攻撃を受けたら全体が止まってしまう、という構造よりも、ある程度の被害が出ても全体は止まらない構造のほうが、レジリエンスは高いとも言えます。
一部が影響を受けても、他が動き続ける。全体としてサービスを維持する。そうしたアーキテクチャを設計することで、分散型であっても、むしろ強靭性を高められるのではないかと考えています。
データセンターが「発電所」になる日
ここからは、みちびきデータセンターの少し壮大な夢の話をさせていただきたいと思います。みちびきDCOS が将来どう進化していくべきかを考えたとき、勿論、データセンターOS が管理するものというのがデータセンターの管理なんですけれども、ただ単に管理するにとどまらず、DCOS を電力市場と接続するという考えです。
たとえば、ある地域で電力価格が安い時間帯があるとします。そうであれば、その場所で多めに計算を回したほうが経済合理性があるかもしれません。逆に、今日は日照が強くて再生可能エネルギーが豊富に入っているから、この拠点で積極的に処理を回そう、といった判断もできる。
一方で、雨が続いて再生可能エネルギーがほとんど入らない日は、系統電源に頼らざるを得ない。その場合は計算負荷を抑える、といった動きも考えられます。つまり、地理的条件や気象条件、電力価格といったさまざまな要素を踏まえて、計算力を動的に配分するということです。
さらに言えば、今すぐに計算しなくてよい場合は、その時間帯は計算を抑え、余剰の電力を蓄電池に回したり、場合によっては電力市場に売る、といった振る舞いも将来的には可能かもしれません。
そうなれば、データセンターは単なる「電気を消費するコストセンター」ではなくなります。電力市場と連動しながら、計算力そのものを価値として最適化し、場合によっては収益を生み出す「プロフィットセンター」へと変わっていくと考えています。
DCOS が創出する「計算資源の流通市場」
最後に、みちびきDCOS を使うことで、データセンターの稼働状況がリアルタイムで見えるようになる、という点です。いまどこで電力需要が高いのか、どこで計算リソースが逼迫しているのか、逆にどこが余っているのか。そういったことが、管理データから自然に見えてきます。
そうなると、発想が変わります。余っているデータセンターのリソースを、必要としている場所に回せるのではないか、という話になります。ユーザー側から見れば、「そこに空いている計算力があるなら使わせてほしい」となるでしょうし、オーナー側からすれば、「うちの設備は今は余っているから、誰かに使ってもらえないか」と考えるかもしれません。
さらに言えば、「このデータセンターはもう自社では使わないから売りたい」「二次市場のようなものはないか」といったニーズも出てくる可能性があります。リアルタイムで需給が見えるからこそ、そうしたマッチングが現実味を帯びてきます。このいうデータドリブンなインフラ投資というのが今後出てくるのではないかと、今後の展望として期待しているところであります。